• 山口祥兵

南の島で往診を! 沖縄に移住した往診獣医師の数奇な体験(みおライズ企画 往診獣医師 大場三緒子先生)

最終更新: 1月25日

縁もゆかりもなかった沖縄に根付いて二十余年。そのうちのほとんどを「公務員獣医師」として過ごした大場三緒子(おおばみおこ)先生が「往診獣医師」に転身したのは、今からわずか三年ほど前のことだった。そんな彼女が「往診」に魅せられた理由は何なのか――その数奇な体験を交えつつ紐解いていきたい。(2020年11月19日取材)

「楽園」で飼い主・ペットの救済を

海の近くに住むことが最終目的だったので。なんとなく。本当に、目の前が海なんですよ。

  

沖縄の海。


どこまでも抜けていく空の下で燦然と煌めく翡翠色を、どうしても思い描かずには

いられない。


沖縄に行きたかった。住んでみたかったんです。

大場先生は言った。

何とも率直な、それでいて確固とした理由だ。

幼い頃に水泳を始めて以来、水に慣れ親しんできた彼女のことだ。眼前に海原を抱くこの土地に魅せられるまでに長くはかからなかっただろう。


こうして突き動かされるように彼女は、誰一人として見知った者のいない遠方の地を独り踏むこととなった。


かの島の魅力は海だけに留まらない。

古くから脈々と継承され続けてきた伝統文化、各地に広がる原生林、そして大小さまざまな麗しい離島の数々……そのひとつひとつが、かけがえなく沖縄という場所を彩っている。

極めつけは夜半の天空。数多またたく星々を夜空に戴けば、胸に広がるのは止めどない安息だ。

「南の楽園」と呼ぶ人々がいるのも頷けるほどに、そこには美しい営みが変わりなく息づいている……と、ここまでは誰しもが抱きうるイメージだ。

ここで少し立ち止まってみたい。


「楽園」にも当然に人々の生活がある。

安らかなる日もあればそうではない日もある。

「沖縄」と聞いて真っ先に想起される「楽園」。

それはそれで間違ってはいない。



しかし、「楽園」の真ん中で今まさに苦しんでいる動物たちもいるということを、どれだけの人が想像できるだろう。

治らない病に苦しみ喘ぐ動物たちのことを。飼い主や引き取り手が見つからずに命を落としていく、見捨てられた動物たちの存在を。

これらは「楽園」であろうとなかろうと、紛うことなき「現実」としてすぐそこにある。

だが、幸いにも非情なことばかりではない。

そういった動物たちを救うために奮闘している人々がいる。大場先生もそのうちの一人だ。往診にボランティアにと多岐にわたって活動をしている彼女だが、普段から動物だけではなく飼い主のことも念頭に置きつつ診療に取り組んでいるのだという。


治療しているのはペットの犬や猫ですが、その飼い主さんやご家族さんをまとめて診させていただいているということを忘れないように心掛けています。 往診って、ご自宅に一歩入っていくところからが診察だと思っていて。

実際に飼い主の生活が見られるのは往診ならではの良さだ。一般の動物病院ではペットと飼い主からしか情報が得られないところだが、自宅という環境から得られる情報は意外にも多い。


どういう状態でペットを飼っているのかも見られます。例えば、お庭があったら、「ツツジが生えていないかな?」、家庭菜園されているお宅だと、虫除けでゼラニウムを育てていることもあったりするので、「ゼラニウムを育てていないかな?」とか。そういうところをチェックできるんですよ。 一般動物病院だと、それが危険だっていうことを知らなければ情報提供してくれないですよね。そうしたら結局わからないのと同じなので。

飼い主の生活サイクルが薬の処方に影響を与えることもある。絶えず人が出入りする家では一日二回でも良いが、全員が夜遅くに帰ってくるような家ではそのような処方は現実的ではない。会話のみでそういった情報を全て引き出すことができない場合もあるため、現地を見ておくことが診療方針を決める上で大きな役割を果たすことがある。


他にも、持病を持たれていて薬を毎日飲んでいる方もいらっしゃいます。冷蔵庫にお薬のカレンダーが貼ってあったりすると、「あっ!人間の薬を飲んでないかな?」と思います。実際に、血圧を下げる薬を飲んでいる方がいらっしゃいました。その方から夜中に電話がかかってきて、自分の薬を犬が飲んじゃったって言うんですね。「どのくらい飲みましたか?」って聞いたら、「薬を落としたらそれを全部飲んじゃった」って。

思いがけないトラブルに見舞われることがあっても、そこは獣医療の専門家だ。真っ先に薬の情報を集めて、冷静に処置に当たることに努めた。


あんまり焦らせちゃうと、さらにパニックになってしまうから。「とにかく私はいつでも出られるようにしておくから、状態を見ていて変だったらすぐに電話ください」って言って。本当はもう危なくて……10倍量くらい飲んでいたんです。だけど、とにかく「今後気をつけてね」で終わらせたんですよ。その後、状態を逐一メールで知らせていただき、何事も起こらず犬は無事でした。数日後「これだけ危なかったんだよ」とお伝えしたら、泣いていました。

犬が危険な状態だとわかっていながらも、飼い主のケアも忘れてはならないのだ。このケースのように、飼い主がパニックを起こしている状況でさらなる焦りを生みかねないことを伝えても、いたずらに時間が経過するだけでペットのためにはならないだろう。

このあたりの対応にも、「飼い主さんやご家族さんをまとめて診させていただいている」という理念が表れているのではないだろうか。

レスキュー活動を通じて


大場先生が往診の他に力を入れて取り組んでいることに、レスキューのボランティア活動がある。レスキューとはいっても人の救急のようなものではなく、ペット等の譲渡活動に軸足を置いたものだ。

元々、公務員獣医師として沖縄県動物愛護管理センターに勤めていた大場先生は、行政サイドで動物の福祉向上のために奔走していた。そこでの日々は充実したものであった反面、公務員であるが故に「できないこと」に悩むこともあったという。

センターにはペットを飼い続けることが難しくなった人からの相談が寄せられることが多々ある。彼らの抱える事情や理由はさまざまだ。我が身かわいさに身勝手な理由からペットを捨てようとしている人もいれば、飼い続けていたいと思いながら不慮の事態に陥ってどうにも手立てがなくなってしまった人もいる。


やっぱり行政だと法律で動くので、ペットを飼えなくなったと相談されても、「あなたは先のことも考えてこの犬を飼ったんでしょう?本当にもらってくれないか、もう一度誰かに頼んでください」と、私も言っていました。 だけど現場に出たら、そんなこと言えない。本当にできないから困っている人たちがいるというのがよくわかったんです。

大場先生が往診を始めてから対応に当たった事案でこのようなものがあったという。高齢女性が一人で大型犬を多頭飼育している事例だ。


おばあちゃんが大型犬三頭を一人で世話してたんです。元々はブリーダーさんが飼えなくなった子たちを、旦那さんが引き取って来たらしいのですが、その旦那さんが急に亡くなって……それでも献身的に大事にされていた。でも、年老いた二頭が起立不能で、全く歩けなくなって、ごはんも食べなくなっちゃった。どうしよう、と。

高齢飼い主が老犬を介護する……人で言う「老老介護」のような問題がペット業界にも存在する。このケースのように相手が大型犬ともなると、リハビリはおろか、日常の何気ない世話すらも重労働になりかねない。

相談を受けた大場先生は、やり方を教えながらサポートしていったが、やがては飼い主が負担に耐えきれなくなってしまったがために、安楽死を依頼されたのだという。


だけど、まだ四歳の子が残りました。それもおばあちゃんと話して、「わかるよね?」って。「今の状況がまた数年後にやってくるよ」って。おばあちゃんも今回のことが身にしみたのか、「譲渡したい」と希望されたんです。そこからはもう、レスキューです。ボランティアさんにも来てもらって、譲渡先が無事に決まりました。

ペットを飼う上で「老・老犬介護」のような問題が生じうるということは念頭に置いておくべきだ。

しかし、明日起こることを知りながら生きている人間は一人としていない。

この飼い主も、夫が急逝することなく存命であれば飼育を継続できたのかもしれない。そうすれば悲惨な結末を迎えることもなかったかもしれない。


力の及ばない事態に当人たちが直面したとき、行政の目線を持ちつつも別角度から分け入っていくことができるのは今の大場先生の強みと言っても過言ではない。


センターにいたときは「終生飼養が飼い主の責務なので」と、対応できない事案もありました。「これ以上はできません」って。でも、今だったらできるから「はあ、良かった!」って思います。

センターにいたときは「終生飼養が飼い主の責務なので」と、対応できない事案もありました。「これ以上はできません」って。でも、今だったらできるから「はあ、良かった!」って思います。


彼らがそういう風に文句を言われる筋合いはないです。彼らは自分たちの仕事をしているので。

「だけど」と、彼女は一呼吸置く。


「この現状は私にはよくわかりました。だから、できることをやりましょう」。そんな風にお話しします。


経験に裏打ちされているからこそ、その言葉には実感が伴う。

両者の内情を知っているからこそ、見えている景色がある。

ここからは、そんな彼女が獣医になろうと思った経緯を見ていきたい。

「動物好き」が、獣医師に


もう、動物好きだったっていうありがちな理由ですよ。 本当に。

獣医師になったきっかけを尋ねると、大場先生はそう答えた。

小学校の卒業文集にも「将来は獣医さんになる」と書いていたという彼女が、獣医という職業を知り、はっきりと意識し始めたのは小学三年生の頃だった。

周りに動物が多かったという環境も少なからず影響を与えたかもしれない。


ある時は母親が犬を拾ってきたことがあった。またある時は、ウシガエルを連れて帰ってきたこともあった。


ウーパールーパーもいたし、ウサギもいたし。 もう、なんか、たくさんいましたね(笑)

昔を彷彿しながら、彼女はそう言って笑った。



それからも変わらずに獣医師を目指し続けた彼女だったが、獣医師という職業イメージが具体化して、さらに憧れを抱くようになったのは高校生の頃だったという。

当時は野生動物を扱ったテレビ番組が放送されていて、これが彼女の動物好きに拍車をかけたのだ。

だが、テレビ番組などで野生動物の保護活動に興味を持っても、実際にそのような活動をしている人が身近にはいなかった。「どうすればそのような仕事ができるのか?」という疑問は、進路選択の岐路に立つ若者に終始つきまとっていたことだろう。

野生動物研究者の講演を聴く機会に恵まれたのはそんな折だった。


獣医師の羽山伸一氏は、大学で先生をしながら野生動物の研究や保護活動もやっていらっしゃいました。その時の講演は「野生動物保護活動の日本の現状」のようなテーマだったと思いますが、そのお話を聴いていくうちに「獣医になると色んなことができるんだなあ」って思うようになりました。獣医って、「えっ、そんな仕事も獣医がやってるんだ!?」っていうことが多くて、そういうところにも行けたりするのかな、と。獣医という職業にすごく興味が湧いたのはその先生のおかげですね。

獣医師といえば動物病院で働いている「動物のお医者さん」をイメージされることが多いが、その業務範囲が多岐にわたることはあまり知られていない事実だ。

大場先生のように臨床家として往診をしている人もいれば、大学や一般企業で研究をしている人や公務員として事務仕事に勤しんでいる人もいる。ここに挙げたのもほんの一部でしかないくらいに、獣医師が担っていることは幅広いのだ。

動物好きが高じて獣医師を目指し始めた彼女が、臨床獣医師以外の選択肢に触れてさらに憧憬を抱き始めた――未知に向かって飛び込んでいこうとする性質は今も変わらずそこにある。

しかし、期待に燃える彼女に突きつけられたのは無情な現実であった。


でもやっぱり、今の日本でこれだけを仕事にして生きていくことはできません、と。 お金の問題ですね。その先生のように仕事を持っているからこそ取り組める。

野生動物保護に取り組むこと自体は難しくないだろう。ボランティアという形で保護活動に従事している人もたくさんいる。だがそれは、裏を返せば「生業にする難しさ」を表わしているとも言えるだろう。


高校生だった彼女は立ちはだかる経済的な問題に対してあまりにも無力だった。現役で活動している人の言葉であったが故に、より深く心に刺さったであろうことは想像に難くない。結果として野生動物を職業にすることは諦めて、かねてからの希望であった臨床獣医師を目指すことを決めたのだという。

だが、興味深いことに、この話はこれだけで終わらなかった。


講演の時に先生に質問しました。何を聞いたか……多分、そういうことを聞いたんだと思うんですよ。「野生動物保護活動に取り組みながら生活もしていくのはやっぱり難しいですか?」みたいなことを。 それから月日は流れて……その先生に沖縄でお会いする機会がありました。あれから三十年くらい経っているんですよ?それなのに先生も覚えていてくださった!「あー、あの時の質問した子だよね!」と!それからは今でもショートメールで連絡取り合ったりとか。繋がっているんです。もう、びっくり。

何とも数奇な出会いがあったものだ。

その先生の記憶力もさることながら、三十年も前の講演のことをありありと語ってくれる大場先生にも驚嘆させられる。それだけ彼女の熱意が強かったということなのかもしれない。そのことは今なお、積極的に連絡を取り合おうとする姿勢にも表れていることだろう。


「繋がっている」

と大場先生は言う。

だが、何も行動しなければ誰かと繋がることはなかったはずだ。

若き日の彼女が勇気を出して質問をしたこと。

時を経て再会できたその日に、自分から話しかけていったこと。

彼女のそうした行動のひとつひとつが、自らを周囲の人々と「繋げている」のではないかと、そのように思わずにはいられない。

「往診」という新たな世界へ

大学では生化学の研究室にいました。小動物臨床に行きたかったのですが、大学にいる間にしかできないことをやりたいと思ったんです。

野生動物とは一旦訣別して、彼女は新たな方向に進み始めた。

元々志望していた外科や内科といった臨床研究室ではなく、あえて生化学という基礎研究に飛び込んでみたあたりにも、大場先生らしさが垣間見える。


そんな彼女ではあるが、研究室に所属していた頃の研究内容については、


実はよく覚えてないんです……。自分がこれをやりたい、というわけじゃなくて……先生が用意した選択肢がいくつかあって、「じゃあ、君はこれやってみる?」みたいな感じで誘導されて(笑)

……と、お茶目な一面を覗かせていた。

なにはともあれ、大学を卒業して獣医師となった大場先生は、かねてからの希望であった臨床家としての一歩を踏み出すこととなる。

最初の職場は地元・愛知県の一般動物病院だった。午前と午後で二箇所の動物病院をはしごしながら日々研鑽に努めていたという。

先ほど話に上がった公務員への転身は、彼女が動物病院に勤め始めてから一年が経った頃のことだ。

きっかけは、公務員になった大学時代の同級生と話したことだった。


会話の中で、実際の仕事内容とか聞きますよね。臨床とは全く別の仕事に思えたんですよ。ちょうどその当時、沖縄に住んでみたいという思いも湧き上がってきていたので、とりあえず受けてみよう、と。 本当に軽いノリで…(笑) それで受けてみたら受かったので、行こうかなって。

久しく会っていない友人との会話はお互いの近況に始まり、徐々にお互いの仕事内容に移っていったことだろう。そういった話をする中で、公務員の業務イメージが次第に形作られていったのだ。

話に聞く世界は臨床とはかけ離れたもので、そうした未知の世界にどんどん惹かれていったのである。


何しろ、やったことないじゃないですか。と畜検査なんて、臨床にいたら絶対に知ることはないし、保健所にも絶対に行かないし。未知の世界だから、そういうのもちょっとやっておくとおもしろいかなと思ったんですよ。

行ったことのない沖縄県にも行ける。経験したことのない業務にも携わることができる。公務員として沖縄県で働くという選択は、当時の大場先生にとってまさに願ったり叶ったりだった。

公務員になってからの十八年間で、動物愛護、食肉検査、保健所、本庁業務と一通りの業務をこなした大場先生だが、とりわけ楽しかったのは保健所業務だったそうだ。


すごく楽しかった。人と話すっていうのが向いているんだと思いました。食肉衛生検査所だと周りにいるのは獣医ばかりですけど、保健所だと獣医だけじゃなくて色んな方がいるんです。保健師さんや薬剤師さんもいるし、お客さんとも会話をしながら進めていくというのがおもしろいなと思って、異動があるたびにずっと保健所を希望していました。

公務員を退職した今でも当時知り合った人たちと連絡を取り続けているそうだ。そういった人脈に救われたこともあった。レスキューに関わる人々との繋がりも、一部は公務員時代に築いた人脈なのだという。

また、戸惑いながら担当することになった本庁業務も、仕事のおもしろさややりがいの面で強く印象的に残っているのだそうだ。

本庁では食品の安全安心推進計画を策定する事務局に勤務していた。それは本来、獣医師が担当することのない業務ではあったが、ひょんなことから大場先生に白羽の矢が立ったのだ。


元々、本庁に行きたかったんですね。でも、希望していても獣医師が入ることのできる枠が数人分しかないから、ほとんど行けないんですよ。だけど、推進計画を作る事務局の人員が突然足りなくなったということで、課長から電話がかかって来た。「やれますか?」って。

こうして推進計画など全くわからないまま、新天地での挑戦が始まった。

関係各所の調整が主な業務内容であったが、慌ただしい日々の先には完成した計画と多種多様な人との繋がりが待っていた。人との関わりの中で、自分も刺激を受けられたことがとても楽しかったのだという。


ものが出来上がると形になるので、達成感はありますよね!

このように充実した県庁職員生活ではあったが、せん方ない事情により終わりを迎えてしまう。


母がガンで闘病中でした。まあまあ普通に生活はできる状態だったのが、急に運動機能障害が出て、そのまま入院になって。おまけに余命宣告されてどうしようもない状況だから、母が自宅での最期を望みました。そうならば、「じゃあもう、仕事を辞めるしかないな」って。

あまりにも突然の事態に食らいついていくことに必死で、辞めることに葛藤を覚えるどころか自分のことを考える余裕すらもなかった。周りからは当然のように心配の声が上がったそうだが、どう足掻いても選択肢は一つしかなかった。


でも、新しい世界が見えた気がしたんですよ。

彼女の日々は介護を中心としたものになった。

それでも大場先生がへこたれることはなかった。それどころかむしろ、「新しい世界が見えた気がした」とまで述べるその心境はいかなるものだったのだろうか。


介護をやっていると、一時間も目を離せない。ある時、三十分ほど買い物に行って、戻ってきたら母が車椅子から滑り落ちて動けなくなっていたことがあって……自分と同じくらいの体重の大人って、持ち上げられないんですよ。そういうことがあってからは「もう出られない!」と思って。

わずかに目を離しただけでも取り返しのつかないことが起こり得る綱渡りの日常だ。詳しく語るには憚られる現実がそこにはあり、部外者には実情を推し量ることすらおこがましいだろう。


「家からほとんど出られないけど飼い犬のワクチンは打たなきゃ……どうしよう……」って思っていたら、沖縄に往診専門の獣医さんがいらっしゃった。それで来ていただくことになりました。

大場先生が初めて往診に触れたのはこの時だった。

依頼した「南の往診獣医さん」の北野先生とは元々面識があった。彼女の現状を知って「何かできることはないですか?」と声をかけてくれたのだという。


「往診でお手伝いとかやっていただけませんか?」って言ってくれて。時間のある時に往診を見せてもらっているうちに「やっぱりこれ(往診)必要だわ」って思って。


こうして大場先生は臨床の現場に戻ってきた。


介護に関わる訪問医、看護師、ヘルパーの方々にも助けられ、医療面だけでなく精神面でも支えられた。それらが引き金となって、彼女の中で訪問医療に対する思いがどんどんと育まれていったのだった。


今回の取材にあたってお願いした事前アンケートには「生きる全てにおいて支えていただき」という言葉があった。望まずして介護を必要とする身となった当人はもちろんのこと、大場先生やその家族といった当事者たちがどれほどの苦境に立たされたのか、その言葉が何もかもを雄弁に語ってくれるようですらある。


多くの人に救われた過去を胸に、今度は自分にできることで人々に還元していく。そうした思いが大場先生の理念にしっかりと根付いているのだ。


人と動物の違いこそあれ、大切な家族を看取ろうとしているのだ。そこに大きな差異はないだろう。

彼女は獣医師として、大切なペットの最期に直面して悲嘆に暮れ、困窮している人々の支えになろうとしている。かつて自分自身が救われたことを忘れることなく、真摯に。



往診がくれたもの……


私が母親の介護の時にそうであったように、ご自分の足で動物病院に行けない全ての人の助けになって、少しでも役に立ちたいと思っています。

これまで大場先生が往診を始めた経緯を見てきたものの、やはりこの言葉を抜きに語ってしまうのはナンセンスだろう。これこそが彼女が往診を志した理由の根源にあるものだからだ。


「全ての人の助けになって」という言葉のとおり、理念の上では診療を超えたところでもサポートを欠かさない。


お客さんの中には九十歳を超えて猫と二人暮らしをしている方もいらっしゃいます。そういう方には見守りのつもりで電話をしたりします。 「元気かねー?」って。心配なので。

「往診では一時的に飼い主さんの生活の一員になって診察できる」と大場先生は語る。それは「自宅に上がり込んで治療を施す」という往診の特性だけを切り取った話ではなく、より深い飼い主との関係性を指したものであろう。

往診を通じて築き上げられる独特な信頼関係が、ペットの治療、そして看取りの場面では大切になってくることもある。

ペットの最期に、飼い主さんの心の負担を一緒に分かちえるように。私も母の介護をして看取っているので、「もっとできることがあったんじゃないかなあ」っていうのは、今でもやっぱり思います。できる全てのことを当時はやっていたつもりだけど。

彼女自身も大切な人を失った経験を持つからこそ、そうした自責の念に駆られる人の気持ちが痛いほどにわかる。その時に手を差し伸べてくれたのは、やはり医師や看護師、そしてヘルパーの方々であったという。

その人たちがいなかったら、もっと考えたんじゃないかなと思います。「なんかもっとあったんじゃないかな」とか。「これで良かったのかな」とか……。そういうことをお医者さんたちに相談しますよね。そしたら、皆さん経験をお持ちなのですごくアドバイスしてくれるんです。そうすると、気持ちが楽になるっていうか、次の日も「やっていこう」と思うことができた。


大場先生の場合は彼らに相談することができた。

では、ペットの看取りに臨んだ人々は、一体どこに、誰に相談すれば良いのだろう。

そう考えたとき、自ずと一つの答えに辿り着く。

彼らのおかげで乗り越えられたというのがあったから、そういう存在になれたら良いなと思っています。

ペットの病気を癒すのは往診の一部であって全部ではない。

特別な関係を築きやすいからこそ、飼い主とのコミュニケーションや心のケアがより一層の意味を帯びてくるのだろう。


「先生に診察していただいて本当に良かった」、「もっと先生に早く会いたかった」といった声が示すとおり、飼い主との人間関係はペットの診察に始まって最後には「大場先生」という一人の人間との付き合いに変化していく。


そこにとてもやりがいを感じるのだと、彼女は続けた。


そして、彼女の診療によって助けられているのは、決して飼い主や

ペットだけではないだろう。


往診の良さについて尋ねた際に彼女はこのように述べていた。


動物病院にペットを連れて行くときには、人は少なからず殻を被ります。でも、往診では多かれ少なかれ殻を外して接してくださいます。そうした「素」の部分に触れながら診察させていただけることに感謝していますし、楽しくて仕方ないです。

往診に限った話ではないが、獣医療に関わっていれば誰しも、慢性疾患から続くターミナルケア、果てはペットの死といったつらい出来事と直面することが少なからずあるだろう。

それでも、そうした現実を超えてなお、往診を通じて多くの人々と対話をし、素顔に触れ、繋がりが形作られていく……。そのやさしくて穏やかな営みに、彼女自身も救われているように思えてならない。


取材の終わりに、大場先生は言った。


往診していると、ペットと飼い主さんがいるし、その家族の方もいます。そうすると、全員を一緒に診させてもらっている気がします。そこの空間にいることで、やっていることが自分に返ってきているなっていうのが実感できるんですよ。

もちろんペットの診察をしているのだが、コミュニケーションの主体はあくまでも飼い主だ。ペットが話を聞くわけでもなければ、お金を払うわけでもない。

だからこそ、飼い主一人一人と会話を重ねていくことを大事にしているのだ。


やっぱり飼い主さん、人との繋がりというのを大切に、 これからも一歩一歩がんばっていきたいなと思っています。



もっと知りたい! 大場先生ってどんな人?


Q. ご自身の強みや力を入れて取り組んでいることは何ですか?

日本獣医皮膚科学会の認定医の川野浩志先生から犬のアトピー性皮膚炎の治療について教わりながら、沖縄県では新しい皮膚治療を行っています。今のところ、結果が100%出ています。その先生も「皮膚に関しては沖縄で一番になって!」と応援してくださって。 皮膚に問題を抱える犬や猫達は思いのほか多く、勤め先の動物病院、私自身がお付き合いのある病院における診察でも、この治療法がとても有効で手ごたえを感じています。

Q. 往診ではどのような病気を診ることが多いのでしょうか?

慢性疾患と皮膚疾患ですね。やっぱり長引くんですよ。そうなると患者さんから「延命はしたくない」と言われることがあります。延命というと、人間の延命を想像されてしまう。管とかいっぱい繋がれて……というあれを。 そういうときには熱射病の例を出してお話しします。 自分の家族が熱射病になったとしますよね。頭が痛くって気分が悪いと言っている。ちょっと点滴すればそれが楽になるという場合でも放っておきます? 放っておきませんよね。 動物の慢性疾患も同じで、例えば慢性腎不全で気分が悪くなってくるわけですよ。それを点滴で楽にしてあげるだけで、これって想像されている「延命」とは違いますよね。そういう例を出して説明すると、「あっ、そっか」って大体納得していただけます。

Q. 往診でできることもあればできないこともあるかと思います。    それについてどのように考えて治療を行っているのでしょうか?

夜中にいきなり呼ばれるとかの緊急対応も往診ではあり得ますが、どうしても一般の動物病院さんのようにはいきません。私は最近まで検査類も全部外注だったので、血液検査をその場で行うこともできなかった。技術的なことで言えば、できないことの方が  一般の動物病院さんと比べて多いのかもしれないなというのは、自覚しています。本当に。 実際、朝の四時に呼ばれて行ったことがあったんですけど、これは入院させる必要があると。そう判断したので、診てくれる動物病院までその患者さんを誘導したり……ということもありましたね。処置ができない場合には兼務先の動物病院がありますし、他の病院さんへの紹介もできるので、できる限りの対応はしています。

Q. 飼い主の方に向けて伝えたいことはありますか?

これは私が一番実感していることなんですけど、生きていくうえで未来は誰にもわからなくって、絶対っていうのはないって思っています。 ペットを飼うときは、「この子の命がなくなるまでちゃんと飼おう」って、それぞれの状況で何かしらの決断を持っていたと思うんですね。だけど、実際に生きていくと、本当に想像もしなかったことが起きて……数年前には私が往診をすることになるなんて全く想像もつかなかった。 私も当時介護をしていて思ったんですけど、本当にもう、どうにもならない状況になっていく……。それはペットの場合も同じで。だけど、「どうにもならない」じゃなくて、「どうにかならんか?」って話せる、そういう場所に自分がなれたらなって思って、日々往診をしています。

Q. 獣医師になりたいと考えている方やこれから往診を始めてみたい獣医師の方に向けて、メッセージをいただけますか?


獣医師を目指す学生の方々に向けて

今から獣医師を目指している中学生や高校生の方に対しては、自分が与えられた物事って無駄なことは一個もないので、それをとにかく一生懸命やるっていうことが大事だということを伝えたいです。 獣医師のイメージっていうと、一般診療やっている一般動物病院の、小動物臨床の先生たちを想像する人たちが多いんですよね。だけど、実際は保健所で食品衛生を担っている獣医さんとかもいるし、動物愛護管理センターの中で動物取扱業の登録業務に当たっている人たちもいます。食肉の検査をしているのも獣医さんだし。色んな仕事場があるので、今やっていることがいつ活きてくるかはわからない。四十年くらい経ってから「あの時やっていたことがこれか!」と気付くこともあるので。 だから、本当に今を、とにかくがんばってやってくださいということを学生さんにはお話ししたいなと思います。


往診を始めたいと考えている獣医師の方々に向けて

私の方が臨床経験が浅いのであまり物言える立場ではないのですが……。 一般の動物病院に勤めたりもした中で、忙しさっていうのは常にありました。当時は子育てをどうしようとか、病気になったらどうしようとか……とにかく時間が取れないのが臨床の先生だと思うんですね。 でも、往診という形態では自分でやり方を選べるんですよ。特に患者さんとの付き合いが密になるので、営業時間とかも自分で決められるくらいに融通が利きます。 現場では一人なので誰にも相談できないし、そこで全部判断していかないといけないのでやはり経験を積んでおく必要はありますし、治療を間違わないことやその時に最善の治療をすることは大前提ではあります。 でも、アプローチの仕方ついては誰にも文句言われることもないし、自分が目指す治療ができる職業だと思っています。ですから、そういったことで悩んでいる方にはこういう道もあるということを知っていただければ良いなって思います。 獣医療も選べる時代だと思います。人間はそうですよね。選んでますよね。 必死に苦しい思いをしながら動物病院に連れて行かないといけないという話でもなくなっているんですよ。 「選べるよ」、「どう? 往診があるよ」と選択肢を差し出すのは、すごく飼い主さんが救われることじゃないかなと思っています。



動物病院概要


名称:みおライズ企画

獣医師:大場三緒子

往診先:沖縄県那覇市、浦添市、その他

HP:https://tsuku2.jp/miorise




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